──資産形成の「その先」を考える
いま、「お金を増やす」ことへの関心が、
これほど高まった時代はないかもしれない。
NISAをはじめよう。
インデックス投資をしよう。
老後に備えよう。
社会全体が、声高にそのメッセージが
強調されている。
間違いとは言わない。
むしろ正しい。
でも、その先のことを、
考えたことがあるだろうか。
お金を貯め終わったとき、
自分は社会に何をしているのか、と。
えんやす村で考えてみる
少しずつ、人が減っている。
100人いた村人が、やがて80人になる。
いわゆる「8がけ社会」である。
この80人で、
1日300個のパンをつくり、運び、売り、
社会を回さなければならない。
たとえばこんな内訳だとしよう。
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小麦などの原料をつくる人:10人
パン工場で働く人:10人
物流を担う人:10人
販売する人:10人
オフィスで働く人:20人
金融・投資で生活する人:20人
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想像してみてほしい。
農業をする人が足りなくなったら?
パンをつくる人が減ったら?
運ぶ人、売る人が足りなくなったら?
当然、パンの供給は減る。
でも、
パンを食べたい人の数は簡単には減らない。
すると、パンの値段は上がっていく。
インフレの到来だ。
ここで、厄介なことが起きる。
パンをつくる人、運ぶ人、売る人たち自身が、
「パンが高くて買えない」
という事態に陥るのだ。
一方で、
画面の前で金融資産を増やし続ける人たちは、
パンが高くなっても買い続けることができる。
投資は社会に必要な資金を供給する役割をもつ。
ただ、もし社会全体で
「生産するヒト」より、
「資産を持つヒト」ばかりが
増えたらどうなるか?
社会に最も不可欠な仕事をしている人が、
その仕事が生み出す
商品すら満足に買えなくなる。
これは、
8がけ社会が進んだ先に、十分起こりうる話だ。
「社会の役に立つ」とは何だろう
医師。看護師。介護士。
農家。漁師。建設作業員。物流ドライバー。
こうした仕事が社会の根幹を支えていることは、
間違いない。
誰もが認めるエッセンシャルワーカーである。
しかし、「社会の役に立つ」ことは
それだけではない。
企業を経営すること。
・人を育てること。
・新しい技術をつくること。
・未来の産業に投資すること。
・地域でお店を続け、灯りをともし続けること。
・税金をしっかりと負担すること。
・若い世代に経験や知恵を伝えること
・子育て/家族介護
・地域活動
・ボランティア
こうした営みもまた、社会を支える柱だ。
大切なのは、自分が持っている
時間・お金・知識・能力を使って、
「いま、社会に必要なものを生み出しているか」
その一点につきると思う。
「自分は何を買えるのか」ではなく、
「自分は社会に何を提供できるのか」。
お金の向こう側にいる人を見る
株価が上がる。
円安になる。
税金が上がる。
金利が上がる。
こうした日々のニュースに接していると、
私たちはどうしても
「お金」の動きばかりを目で追ってしまう。
しかし、突き詰めて言えば、
お金の向こう側には常に「人」がいる。
8がけ社会で本当に足りなくなるのは、
お金ではなく**「人」**だ。
資産形成は「目的」ではなく「手段」だ。
英語をマスターすることが目的ではなく、
その語学力で何をするかが本質であるように。
お金を貯めることが目的ではなく、
そのお金で、社会に何を返すかが、
本質なのだと思う。
金融資産を築くこと
――それ自体はもちろん大切だ。
でも、それが実現できたとき、
自分は社会に対してどういう貢献ができるのか。
そこまでセットで考えておきたい。
だとすれば、問いはシンプルだ。
あなたは、
その「生み出すヒト」の側にいるか。




