2026年10月17日土曜日

互助組織 -KIZUNA-


-お金ではなく、絆を取り持つ仕組み-


今回は提言編。


高齢化社会というと、

多くの人は年金や医療費の問題を思い浮かべる。


だが本当に深刻なのは、

もっと身近な問題である。


独り身の高齢者が増えたとき、

病院に付き添う人がいない

保証人になってくれる人がいない

緊急連絡先がない

死後の手続きを任せる家族がいない

という問題が増加する。


これらはお金があっても

解決できない。


<NHKクローズアップ現代>

最近NHKでも

働いている元気な高齢者でさえ、

家族や身元引受人/保証人がいないと

住まい契約や入院ができないと特集があった。

・部屋が借りられない... どうする?単身者の住まい(9/16放送)

・身寄りがないとお断り!?単身者の医療がピンチ(10/6放送)


この問題は

ますます社会問題化しそうだ。



家族機能の空白


かつては家族や親族が担ってきた。

しかし、

未婚率の上昇

少子化

地方から都市への人口流出

によって、その前提は崩れつつある。


「家族がいること」が

当たり前ではない社会になる。


必要になるのは、新しい形のつながりだ。


モラリストはその一つとして、

互助組織 -KIZUNA-

という仕組みを提言する。🤔


互助組織 KIZUNA とは

5人程度で構成される

小規模な互助グループである。


目的は、

・病院付き添い

・保証人支援

・定期的な交流

・安否確認

・葬儀支援

・遺品整理支援

など。


簡単に言えば、

いままで家族が担っていた機能を、 

互助組織で補完する仕組みである。


個人で足りない信用を

組織で補うかたちだ。


想定するのは3つのスタイルだ。


スタンダード<一般向け>

【保証金3万円/月額3千円】

サポーターは置かず、 

メンバー同士の交流と相互支援を基本とする。

昔ながらの地域共同体に近い。


ハイスタンダード<高所得向け>

【保証金100万円程度/月額3万円】

専門サポーターが活動を支援し、 

交流拠点を運営する。

互助と専門支援を組み合わせるモデルである。


プレミアム<富裕層向け>

【保証金1000万円程度/月額30万円】

専属サポーターが中心となり、 

生活支援や終活支援まで行う。

互助組織というより、 

コミュニティ型ライフサポートサービスに近い。



なぜ必要なのか


この仕組みの価値は、 

身元引受人や保証人問題の解決だけではない。


互いに必要とされる存在ということに

価値がある。


定期的に人と関わることで、

・孤独死の防止

・引きこもりの予防

・地域交流の促進

・健康維持

にもつながる。


高齢者は

支えられるだけの存在ではない。

互いに支え合い、 

社会の担い手であり続けることができる。


こうした互助活動は、 

将来的に行政コストの削減にも

つながる可能性がある。


例えば、

地域活動ポイント

住民税の減額

活動補助金

などで

行政が支援することも考えられる。


公助だけでは限界がある。

だからこそ、

自助と公助の間を埋める

「共助」が重要になる。



終わりに


人口減少社会で価値を持つのは、 

資産だけではない。

最後に人を支えるのは、人である。


若い人の相談相手になることもできる。

地域の社会問題を支援することもできる。

自分より困っている人に

手を差し伸べることもできる。


自分でできることは自分で行う「自助」。

公的制度で支える「公助」。

そして、人と人が支え合う「共助」。


この三つの中で、

これからの日本に不足するのは、

「共助」であり、

どのように仕組化できるかがポイントだ。


その一つの形として

互助組織「KIZUNA」を提案したい。


年齢を重ねる上で、

孤立や孤独は最大の障害だ。

日本だからできる対策があるはずだ。


<過去ブログ>

・公務員と看護師の未来

・15年後の未来








 

2026年10月10日土曜日

お金を貯めれば、それでいいのか。

──資産形成の「その先」を考える


いま、「お金を増やす」ことへの関心が、

これほど高まった時代はないかもしれない。


NISAをはじめよう。

インデックス投資をしよう。

老後に備えよう。


社会全体が、声高にそのメッセージが

強調されている。


間違いとは言わない。

むしろ正しい。


でも、その先のことを、

考えたことがあるだろうか。


お金を貯め終わったとき、

自分は社会に何をしているのか、と。


えんやす村で考えてみる


少しずつ、人が減っている。

100人いた村人が、やがて80人になる。

いわゆる「8がけ社会」である。

この80人で、

1日300個のパンをつくり、運び、売り、

社会を回さなければならない。

たとえばこんな内訳だとしよう。

--------------------------------------------

小麦などの原料をつくる人:10人

パン工場で働く人:10人

物流を担う人:10人

販売する人:10人

オフィスで働く人:20人

金融・投資で生活する人:20人

--------------------------------------------


想像してみてほしい。


農業をする人が足りなくなったら?

パンをつくる人が減ったら?

運ぶ人、売る人が足りなくなったら?


当然、パンの供給は減る。

でも、

パンを食べたい人の数は簡単には減らない。


すると、パンの値段は上がっていく。

インフレの到来だ。


ここで、厄介なことが起きる。


パンをつくる人、運ぶ人、売る人たち自身が、

「パンが高くて買えない」

という事態に陥るのだ。


一方で、

画面の前で金融資産を増やし続ける人たちは、

パンが高くなっても買い続けることができる。


投資は社会に必要な資金を供給する役割をもつ。

ただ、もし社会全体で

「生産するヒト」より、

「資産を持つヒト」ばかりが

増えたらどうなるか?


社会に最も不可欠な仕事をしている人が、

その仕事が生み出す

商品すら満足に買えなくなる。


これは、

8がけ社会が進んだ先に、十分起こりうる話だ。



「社会の役に立つ」とは何だろう


医師。看護師。介護士。

農家。漁師。建設作業員。物流ドライバー。


こうした仕事が社会の根幹を支えていることは、

間違いない。

誰もが認めるエッセンシャルワーカーである。


しかし、「社会の役に立つ」ことは

それだけではない。


企業を経営すること。

・人を育てること。

・新しい技術をつくること。

・未来の産業に投資すること。

・地域でお店を続け、灯りをともし続けること。

・税金をしっかりと負担すること。

・若い世代に経験や知恵を伝えること

・子育て/家族介護

・地域活動

・ボランティア


こうした営みもまた、社会を支える柱だ。


大切なのは、自分が持っている

時間・お金・知識・能力を使って、

「いま、社会に必要なものを生み出しているか」


その一点につきると思う。


「自分は何を買えるのか」ではなく、

「自分は社会に何を提供できるのか」。



お金の向こう側にいる人を見る


株価が上がる。

円安になる。

税金が上がる。

金利が上がる。


こうした日々のニュースに接していると、

私たちはどうしても

「お金」の動きばかりを目で追ってしまう。


しかし、突き詰めて言えば、

お金の向こう側には常に「人」がいる。


8がけ社会で本当に足りなくなるのは、

お金ではなく**「人」**だ。


資産形成は「目的」ではなく「手段」だ。


英語をマスターすることが目的ではなく、

その語学力で何をするかが本質であるように。


お金を貯めることが目的ではなく、

そのお金で、社会に何を返すかが、

本質なのだと思う。


金融資産を築くこと

――それ自体はもちろん大切だ。


でも、それが実現できたとき、

自分は社会に対してどういう貢献ができるのか。

そこまでセットで考えておきたい。


だとすれば、問いはシンプルだ。


あなたは、

その「生み出すヒト」の側にいるか。 








 

2026年10月3日土曜日

マンションは、さらに上がる?


マンション価格は、

これからさらに高くなるのではないか。


モラリストはそう予測している。

もちろん、「必ず上がる」

と言っているわけではない。


金利が急上昇すれば、

住宅ローンを組める人は減る。

景気が悪化すれば、買い手も減る。

人口減少も長期的には住宅需要を押し下げる。

「さすがにマンション価格は頭打ちでしょ」

と一見👀思えそうだが、

さらなる上昇予測の理由は大きく3つある。


① 土地が買えなくなっている

まずは、土地だ。

15年前なら、

「駅から徒歩数分なのに、

 こんなに広い土地が残っている」

という場所が、まだあった。

中古車販売店だったり、

大きな駐車場だったり、

古い工場だったり。


失われた30年と言われた不景気の中、

手放すヒトはたくさんいたが

デフレ基調で買い手は不在だった。


デベロッパーはそうした土地を買って、

マンションを建て、バンバン供給してきた。

だが、

今は状況がまったく違う。

駅に近い土地には、

マンションだけではなく、

ホテル、オフィス、商業施設もライバルだ。

マンション同士だけで

土地を奪い合っているわけではない。


デベロッパーが駅チカで

どうしても欲しい土地なら、

絶好調のビジネスホテル勢に

競り勝たなくてならない。


② 「作る人」が減っている

2つ目は、建設業の担い手不足だ。


国土交通省によれば、

建設技能者は、

60歳以上が約4分の1。

29歳以下は約12%。

将来の担い手確保を「急務」とされている。


土地があっても、お金があっても、

建物を作る人が足りなくなる。

ここが大きい。


しかも、建設業はマンションだけを

作っているわけではない。


工場も作る。

物流施設も作る。

データセンターも作る。

オフィスも作る。

インフラも作る。


限られた建設労働力を、

いろいろな用途で奪い合う。


作り手が少なくなれば、

労務費にも上昇圧力がかかる。

土地が高い。

材料も高い。

人件費も高い。

ゼネコンのマンション原価は、

下がる要素がいまのところない。


③ 「買える人」が価格を押し上げる

3つ目は、買い手側の変化だ。

ここが少し面白い。


マンション価格は、

「原価+利益」

だけで決まっているわけではない。


デベロッパーにとって重要なのは、

「この価格で買える人が、

 どれくらいいるのか」である。


例えば、

世帯年収の上昇や

住宅ローン期間の長期化によって、

6,000万円まで借りられる人が増えたら、

市場で成立する価格帯も変わってくる。

夫婦2人の収入でペアローンを組み、

さらに親から援助を受ける。

すると、以前は

「富裕層しか買えない価格帯」が

「一部のパワーカップルなら

 手が届く価格帯」

に変わる。


デベロッパーにとって

即日完売は値付けの見込みが甘すぎで

1年以上売れ残りがあるのも戦略ミスだ。

マンションが完成した段階で

売り切ったがベストプライスなのだ。


つまり

「買える人がいる限り、

 駅チカマンション価格は上がる」

ということだ。


ここまで

新築マンションの価格が上がる理由と

新築供給減によって

駅チカマンションの中古価格が

下がりにくい要因を示した。


もうひとつ

忘れてはいけないことがある。

物価上昇だ。

仮に年間2%の物価上昇が続いたとする。

10年では、

約1.22倍。

14年では、

約1.32倍。

つまり、

2026年に5,000万円だったものが、

2040年も5,000万円なら

実質3割値下げしたことと同義になる。

10年後も同価格で提供されることは

今のインフレの環境下では考えにくい。


マンションはずっと上がるのか?

ここは注意が必要だ。

むしろ、

マンションは二極化する

と考えている。


人口が減れば、

すべてのマンションの価値が

上がるわけではない。 


駅から遠い。

買い物が不便。

人口が減っている。

建物が古い。

管理状態が悪い。

こうした物件には、価格下落の圧力がかかる。


一方で、

駅に近い。

交通が便利。

病院や商業施設がある。

再開発が進む。

仕事が集まる。

人が集まり続ける。

こうした場所では、人口減少そのものが、

逆に集中を生む可能性がある。


二極化される中、

都心・駅チカのマンションが

さらに上がると予測する理由は ↑ だ。


〈えんやす村の例〉

100人の村が80人になった。

では、

村全体が均等に20人減るのか。

そうとは限らない。

山間部から20人減る。

郊外からさらに減る。

そして駅前に人が残る。

すると、100人→80人

になったのに、

駅前だけは人が減らない。

むしろ、

人・店・病院・学校・交通・お金が、

そこに集まってくる。


最後に

人口8がけ社会では、

「どこにでも住める」時代から、

「人が残る場所を選ぶ」

時代へ変わっていく。


マンションの価値は

単に建物・設備の仕様など、

物理的な条件だけでは決まらない。


どれだけ利便性が残るのか?

その建物周辺に、人が集まり続けるのか?

8がけ社会では、

このファクターがより重要になってくる。




2026年9月26日土曜日

AI時代の生きるチカラ

─問題は「奪われるか」ではなく

 「どこに配分するか」だ


AIの性能が、ものすごい勢いで向上している。

しかもコストはどんどん下がっている。


文章を書く。資料を作る。

市場を分析する。プログラムを書く。


こうした知的労働の一部は

加速度的にAIに置き換わっていくだろう。


すると、

「大変だ!AIに仕事を奪われる!」という

話になりがちだ。


自分は、少し違う見方をしている。🧐

今回はこれを深堀りしてみる。


人間の労働総量は、

かなり予測できる


AI時代を考えるうえで、

まず注目したいのは「人間が働ける総量」だ。


人口動態は、かなり精度よく予測できる。


20年後に何人が働く世代にいるか。

えんやす村でいえば、

2040年には100人が80人になる。


問題は、AIが仕事を奪うかどうかではない。


限られた人間の労働力を、どこに配分するか。

これが本質だ。


村人80人が全員パソコンの前に座ったら?


村人80人のうち、70人がパソコンの前で

AIを使いながら株の分析や動画制作を

していたらどうなるか。


一方で——

食料を作る人。電気を作る人。

家を建てる人。介護をする人。


こうした人が足りなくなったら、

どうなるだろう。


AIによって知的労働の生産性が100倍になっても、

パンが100倍になるわけではない。


AIによって知的労働の生産性が上がるほど、

逆に「人間をどこに置くか」が重要になる。



AIと人間の3段階分担


私はAIと人間の仕事を、3段階で考えている。


①考える・企画する → AIが強くなる

情報収集、分析、シミュレーション。

ここはAIが人間を圧倒する場面が増える。


②仕組みにする・人を集める → 人間の重要性が残る

「本当にやるのか?」「誰とやるのか?」

「反対する人とどう調整する?」

人間同士の信頼関係が必要な領域だ。


③現実世界で実行する → 人間+ロボット

土地を取得する。建物を建てる。

患者を介護する。作物を育てる。

最後まで「現実世界」を動かす必要がある。


「とくし丸」が示すヒント

移動スーパーの「とくし丸」が面白い。

AIで「どの地域に需要があるか」

「何を積むか」「どのルートか」は分析できる。

しかし、実際に車を走らせ、

商品を届け、高齢者に「今日は元気ですね」

と声をかける——そこには人間がいる。


AIが周辺業務を引き受けることで、

人間は**「人間にしかできない部分」**

に集中できる。


私自身の仕事を考えてみる


AIに「この工事をどう進めればいい?」

と聞ける。

工程表も、リスク分析も、AIにしてもらえる。


しかし現場には、

職人がいる。設計者がいる。

発注者がいる。近隣住民がいる。

そして予想外の問題が起きる。


人を集め、意見をまとめ、決断し、現場を動かす。


これは施工管理という仕事の、

かなり本質的な部分だ。

AIでは完結しにくい。



AI時代に価値が高まるもの


「知っている」だけなら、AIに聞けばいい。

では、何が残るのか。


●人と協力するチカラ

——一人ではできないことを仲間と実現する

●対立を解消するチカラ

——意見が違う人を排除せず、前へ進める

●責任を引き受けるチカラ

——最後に決め、結果を負う

●現実を動かすチカラ

——企画だけでなく、実際に人とモノを動かす


AIより賢くなる必要はない。

AIに任せられる部分はAIに任せればいい。

AIを使って、現実を動かせる人になる。


AI時代の本当の問いとは

「パソコンの中だけで完結する仕事」

の比重が下がり、

「現実世界を動かす仕事」の価値が

相対的に高まる。


8がけ社会では、

この変化がさらに重要になる。


人間が減る。

だからこそ、誰に、

どんな仕事をしてもらうかを

考えなければならない。


AI時代の本当の問いは——

「AIが仕事を奪うか?」ではない。


「限られた人間を、

 社会にとって必要な仕事へ、

 どう配分するか?」

なのではないだろうか。



【補足】

「これからなにを学んだら良いですが?」

 の問いには、自分ならこう答える。

 →多くのヒトと接して

  協力してなにかを成し遂げる。

 (スポーツやBBQでもOK)

 →同調性の高い組織だけでなく、

  多様性のある組織に身をおいてみる。

 (公立学校でもまれる/外国に行く)


逆に、居心地の良い

おひとり様活動(ゲーム・動画視聴

ネットフリックス)ばかりしていると

リアル社会での適用力を損なう懸念がある。

↑依存度によるが、これらはおやつ🍭の

ようなもので、ゴハンとのバランスを整えないと

偏ったモノの過剰摂取はカラダに良くないモノと

認識した方が良い。


〈過去ブログ〉

・絶対なくならない仕事

・8がけ社会

・僕たちの範囲を広げる








 

ナガサキのサキ― 長崎旅行編 ―【特別編】

 

今回、長崎を初めて訪れた。


福岡と長崎を続けて旅行してみて、

ずいぶん性格が違うことに気づいた。






福岡が、

「これから大きくなっていく都市」

だとすれば、

長崎は、

「これまで積み重ねてきた歴史を、

 これからどう生かしていくのか」

という街に見えた。


長崎という「坂の街」


長崎市の人口は約40万人。

福岡市の約167万人と比べると、

都市の規模はかなり違う。


長崎の街を歩いて最初に感じたのが、

「坂の街」ということだ。

・山が海まで迫っている。

・平地が少ない。

そのため、街が平面的に広がるのではなく、

斜面に沿って住宅や建物が広がっている。

★ホテルからの眺め







坂の街が生み出すもの


坂の上に住宅がある。

坂を下れば商店街や中心市街地がある。

そのため、坂の上の住人は

日常生活の中でも坂を移動することになる。

オランダ坂






歴史が街そのものに残っている


そして長崎の最大の特徴は、

やはり歴史だ。


出島から分かるように

ポルトガル人が来航し、

出島にはオランダ人が滞在した。

中国との交流もあった。

そして、長崎港は海外との交易を支える

重要な港として発展してきた。


つまり長崎は、昔から

「海外と日本をつなぐ街」

だった。


造船の街

もう一つ、

長崎を語るうえで外せないのが造船だ。

長崎を歩いていると、

港と造船の存在感を感じる。







長崎の近代化には、

造船業が大きく関わってきた。

明治以降、近代産業の発展とともに

造船所が整備された。

それは三菱重工の聖地であり、

「防衛産業・艦艇建造」という

重大な国防産業を担ってきた。

「ものをつくる街」

としての長崎の歴史もある。



観光都市としての長崎


一方で、現在の長崎を支える

大きな産業の一つが観光だ。

今回、

・出島

・大浦天主堂

・グラバー園

・スタジアムシティ

・平和公園

・稲佐山

などを訪れた。

★出島






★大浦天主堂






★グラバー園






★平和公園








★稲佐山からの夜景







★トルコライス






★ちりんちりんあいす








単純な「観光地」というより、

長崎という街の歴史そのものが

観光資源になっている。

これが長崎の強みだ。



「歴史」が観光資源


長崎の観光には、いくつかの異なるテーマがある。

・海外との交流の歴史

・キリスト教の歴史

・近代化の歴史

・原爆の歴史。

・そして、港町としての歴史

これだけ違うテーマが

一つの都市に存在している。

これは大きな観光資源だ。


長崎そのものが、

一つの歴史博物館のような街だ。



街の暮らし


観光客として歩いていると、

長崎の街はとても魅力的だ。

しかし、暮らすという視点で見ると、

また違った側面が見えてくる。

坂が多い。

買い物やごみ出しにも坂の移動が必要になる。

自転車で走っているヒトはほぼいない。


観光地としての魅力が高いことと、

住民にとって暮らしやすいことは、

必ずしも同じではない。


住民だけではなく、ゴミ収集や

荷物の配達員など、住民サービスには

この街特有の難しさがあることも

忘れてはならない。


長崎の交通


長崎から博多まで鉄道を利用した。

長崎駅から武雄温泉まで西九州新幹線。

そこから在来線に乗り換えて博多へ向かった。

★西九州新幹線かもめ






西九州新幹線が整備されたことで、

長崎と九州の他地域との移動は

以前より便利になった。

ただ、乗り換え(武雄温泉駅)など課題もある。


また港には韓国からきている大きな船舶の

停留を見かけた。

アジアからのアクセスの良さも大きな武器だ。


★韓国からの船舶







長崎のミライ


長崎の未来には

大きく二つの方向があるように思う。


一つは、

「歴史・観光都市としての長崎」

もう一つは、

「港・造船・産業都市としての長崎」

だ。


これらをどう組み合わせるか。

長崎の未来を考えるポイントになる。


観光客が増えても、

そこで暮らす人が減り続ければ、

街を維持することは難しくなる。


だからこそ、

長崎で暮らす人を減らさないこと。

が重要になる。


長崎スタジアムシティ

新しい人の流れを生み出す場所になっている。

歴史的な観光地だけではなく、

駅周辺も含め、「新しい長崎」

をつくろうという流れを感じた。

そこには若者の雇用も生まれ、

地元サポーターという磁力にもつながる。


★スタジアムシティ












★スタジアム内部







福岡とは違う「強さ」


福岡は、人が集まることで、

これからさらに大きくなっていく街。


一方の長崎は、

これまで積み重ねてきた歴史

そのものが価値になっている街。

・福岡には「人」。

・長崎には「歴史」。

そして両方に「アジアとの近さ」がある。


「ナガサキのサキ」は、

 どこへ向かうのか。


人口が減っても、

歴史の価値は減らない。

人が減っても、

街の魅力を失わない方法はある。

それは面白い都市であり続けること。


長崎は「過去の街」ではない。

むしろ、

「過去を資産にして、次の時代をつくる街」

になりうる。


これが、「ナガサキのサキ」に繋がる

羅針盤になると感じた。


<旅行記 過去ブログ>