廃業は開業より難しい
事業を始めることより、畳むことの方が難しい。
開業は「ゼロから作る」行為だ。
しかし廃業は「積み上げてきたものを、
周りに迷惑をかけずに解体する」行為だ。
後者の方が、はるかに高度な技術と、
人間としての誠実さを要求される。
「夜逃げ的倒産」が残すもの
突然の廃業、夜逃げ的な倒産は、
取引先に連鎖倒産の危機をもたらす。
長年世話になった仕入れ先、外注先、
銀行、そして従業員
彼らへの影響を考えずに店を畳むことは、
ビジネスの失敗以上の「人としての失格」
とも言える。
お金の向こうに人がいる。
事業の向こうにも、
生活を預けてくれた人たちがいる。
廃業は、その人たちへの最後の責任の取り方だ。
ソフトランディングの条件
では、どうすれば誠実に店を畳めるのか。
答えは一つだ。
早く動き出すことだ。
・取引先が新たなサプライヤーを
見つけるまでの時間
・従業員が次の職場を探す時間
・銀行との清算を整理する時間
——これらすべてに、時間がかかる。
終活と同じだ。
体力と判断力があるうちに動き出さなければ、
ソフトランディングは難しい。
経営者が「もう限界だ」と気づいたときには、
すでに手遅れになっていることが多い。
だから廃業の決断は、
早すぎるくらいでちょうどいい。
廃業のハードルは規模に比例する
個人事業主の廃業と、中小企業の廃業では、
ハードルの高さがまるで違う。
個人事業主は、
極端に言えば「自分が決めれば終わり」だ。
しかし中小企業になると、話は複雑になる。
従業員の退職後の世話
長年働いてくれた社員が、
次の職場でも生きていけるよう、
できる限りの支援をする。退職金だけではなく、
再就職の紹介、スキルの証明
⇒これが経営者としての最後の仕事だ。
関係取引先への対応
長年の付き合いがある取引先に、
十分な準備期間を与える。
新たなサプライヤーの目処がつくまで、
事業を継続する覚悟が必要だ。
銀行との清算
融資残高の整理、保証債務の解消
——これが最も時間のかかる作業だ。
銀行との関係は、廃業後も続くことがある。
日本の中小企業は、家族的な経営が多い。
取引先との関係も、
従業員との関係も、
家族に近い信頼で成り立っている。
だからこそ、
廃業は単なるビジネスの終了ではなく、
**「人間関係の総決算」**になる。
<新たな潮流>
外国人経営者への事業譲渡
最近、新しい選択肢が生まれている。
在留資格を得るために、
日本の事業をそのまま買い取る
中国人経営者の存在だ。
この選択肢を、私は否定しない。
後継者がいない中小企業にとって、
事業を続けてもらえるなら、
それは従業員にとっても
取引先にとっても悪い話ではない。
しかし、現実は厳しい。
パラシュートのように降りてきた
外国人経営者が、
日本の家族的な取引関係を
うまく引き継げるかどうか。
日本の中小企業の強みは、
数字に見えない「信頼の蓄積」にある。
長年の付き合いで培われた
阿吽の呼吸、暗黙の了解、人情
⇒これらは、
引き継ぎ書に書けるものではない。
事業承継は、バトンを渡すことだ。
バトンを受け取る側が、
そのバトンの重さを
あらかじめ理解していなければならない。
8がけ社会における「店じまい」の意味
ここで少し視点を広げたい。
2040年、8がけ社会では、
多くの中小企業が「店じまい」を迫られる。
後継者不足、労働力不足、需要の縮小
⇒これらが重なり、
廃業を選ばざるを得ない経営者が急増する。
しかし、廃業は「負け」ではない。
誠実に店を畳むことは、社会への最後の貢献だ。
取引先を守り、従業員を守り、
地域の信頼を守りながら幕を引く。
それは、開業と同じくらい、
いや、
それ以上に価値のある行為ではないだろうか。
「壊れにくい体質」を作ることと同様に、
「きれいに終われる体質」を作ることも
経営者としての重要な仕事だ。
8がけ社会は多様な価値観が広がり、
衰退産業となる事業も多く発生する。
私は、この問題は経営者だけの話ではないと思う。
人口が減る社会では、店だけでなく、
学校、病院、自治会、公共施設など、
あらゆる組織が「どう終えるか」を考える時代になる。
「始め方」を学ぶ時代から、「終え方」を学ぶ時代へ。
店じまいの作法とは、
8がけ社会における社会全体の作法でもある。
引き際を悟り、
「社会的な役割を一定程度、果たしたので、
きれいな幕引きこそ最後の仕事」と
まっとうできた経営者こそ
評価されるべきだ。






