2026年9月12日土曜日

敗者の選択


──「悪すぎない」を選ぶ生き方


金利が上昇し続けている。

住宅ローンを組んだ家庭への影響は、

じわじわと広がっていく。


一般的な4人家族のマイホームモデルは、

厳しいフェーズに入りつつある。


私たちはどんなマインドで

生きていけばいいのか。



「勝ち組」を目指すことの罠


世の中は「勝ち組/負け組」

という言葉が好きだ。


・年収1,000万円以上が勝ち組

・タワマンに住めば勝ち組

・早期リタイアできれば勝ち組


しかし、金利上昇/インフレの状況で

大きく勝つことを目指すことには

リスクが伴う。


「大きく勝とうとするほど、

 壊れやすくなる」からだ。


・株価が上がり続けると信じて

 レバレッジをかける。

・FIREを目指して全資産を
 
 高リターン商品に集中投資する。

これらはすべて、「大きく勝つ」ための選択だ。

しかし裏を返せば、

「環境が少し変わっただけで壊れる」選択でもある。



テニスの「敗者の美学」


ここで一つの比喩を使いたい。

テニスで相手のサーブを受けるとき、

二つの戦略がある。

一つは、リターンエースを狙うこと。

強打で一発逆転を狙う。成功すれば派手だ。

しかし失敗すれば即失点。リスクは高い。

もう一つは、ラリーを続けること。

とにかく返し続ける。相手のミスを待つ。

大きなポイントは取れないが、

ゲームに残り続けられる。

「大きく勝とうとしない」ことで、

ゲームに参加し続けられる。

これが「敗者の選択」の本質だ。



「悪すぎない」という戦略

「敗者の選択」を
 
もう少し具体的に言い換えてみよう。

それは、「悪すぎない」を選び続けることだ。

・最高の家は求めない。
 しかし「住めない家」は選ばない
・最高のクルマは求めない。
 しかし「壊れる車」は選ばない
・最高のリターンは求めない。
 しかし「全損するリスク」は取らない


「最高」を求めないからこそ、

環境が変わっても動ける。

金利が上がっても返せる。

株価が下がっても慌てない。

「悪すぎない」選択の積み重ねが、

壊れにくい人生を作る。


「壊れにくい」とは
 どういうことか


「壊れにくい」とは、

環境が変わっても動じないことだ。

金利が上がっても返せる住宅ローン。

株価が下がっても慌てない資産配分。

収入が下がっても維持できる生活水準。

これらは、「欲望を我慢した結果」ではない。

「長く続けるための設計」だ。


「惜敗」を積み重ねる


人生は、一発勝負ではない。

20代の試合が終わっても、

30代の試合がある。

40代の試合があり、

50代、60代にも試合がある。

だから、


一度の大勝ちにすべてを賭ける必要はない。

ラリーを続ければいい。


勝てなくても、

次の試合に出られるなら、それでいい。


気がつけば、

「悪すぎない」という選択の積み重ねが、

人生を守ってくれている


それが敗者の哲学である。







 

2026年9月5日土曜日

読んで良かったゼ本[2026その3]

 

最近良かった本を紹介!









北極星 僕たちはどう働くか[西野亮廣 著]


『夢と金』から3年ぶりとなるビジネス書。

 34時間で4億8,000万円を集めた

 クラウドファンディングや、ブロードウェイ

 舞台のプロデューサーなど、日本人が誰も

 経験していないスケールの挑戦から得た

 知見を詰め込んだ一冊。


☆前作に続き、独特なキレ味のある内容。

 特に事業投資型クラウドファンディングや

「迷いと悩みは別モノ。」といった見解は

 秀逸である。

















 [麻布競馬場 著]

 地方から夢を抱いて東京に出てきた若者たちの

「その後」を描く22の短編集。

 スケールの挑戦から得た知見を詰め込んだ一冊。

 高学歴・大企業に入ったはずなのに、

 虚しさと諦念の中で生きる都市生活者の姿を

 独白体で鮮烈に切り取る。

 

☆高学歴だけど社会に馴染めない若者。

 背伸びして都会で暮らしてるけど

 ドロップアウトしかかってるヒト。

 みんな満たされていないという共通点がある。

 タワマン文学として秀逸である。











 




人文知は武器になる[山口周・深井龍之介 著]

 AIが「正解を出すこと」を代替していく時代に

 哲学・歴史・文学などの

「人文知」こそが武器になると説く対談本。

 山口周氏が「美意識」「アート思考」

 の観点から、ビジネスパーソンに求められる

「Whyを問う力」と「問いを立てる力」

 を語り合う。


☆「何をできるか」より「なぜするか」。

 先のブログで紹介した"能力より希少性"の

 着想はここにある。

















多類婚姻譚[凪良ゆう]

 現代における愛と婚姻の5つの物語

 セクシュアリティ、金銭感覚、

 世代間格差、成育環境など、

 ブログ希少性論の原点はここにある。

 あらゆる価値観が対立する中で

「一緒に生きること」の難しさと祈りを描く。

☆結婚という人生の大イベントを通して

 地方出身者の「重力」や23区出身者の

「身軽さ」を鮮やかに描く。
 
 オススメな一冊






 [泉房穂・福田充 著]

 泉房穂氏が危機管理学者・福田充と対談。

 国民負担率が5割近くに達した日本で、

 なぜ国民の生活は豊かにならないのか。

 税制・社会保障・地方自治の歪みを解明し、

「企業を応援する政治から 

 国民を応援する政治へ」

 の転換を具体的な政策論とともに提示する。


☆「中負担・低福祉」という

 日本の構造解説論は腑に落ちた。

 お金を再分配する公的役割の重要性は

 理解していたつもりだか、泉さんの

 持論はさらに社会派の政治家として

    参考になる。















 麻布競馬場が描く「東京の孤独」

 凪良氏が描く「一緒に生きることの難しさ」

 この2冊は、

 現代社会で、他人との繋がりを維持する

 難しさを今風に表している。

 都会で軽やかに生きていける

 "箱"は用意されているのに

 なぜか社会でうまくやれない。

 本を読む中で思ったのは

 人々の暗黙知という要因もあるのではないか?

 スキルとセンスの領域で言えば

 センスの領域。

 AI利用ではなく、コドモのうちから

 たくさんヒトと接すること

 言わば他流試合をすることで

 学べる領域と言える。

 
 

★過去の良かったぜランキング★

読んで良かったゼ!ランキング2026[2]

読んで良かったゼ!ランキング2026[1]

読んで良かったゼ!ランキング2025

読んで良かったゼ!ランキング2024

読んで良かったゼ!ランキング2023

読んで良かったゼ!ランキング2022

読んで良かったゼ!ランキング2021

読んで良かったゼ!ランキング2020

読んで良かったゼ!ランキング2019

読んで良かったぜ!ランキング2018




2026年9月1日火曜日

目に見えないものに委ねない【特別編】

──ブラックボックス化する世界と

 「個人のレジリエンス」


9月1日は「防災の日」だ。


しかし今年の防災の日に、

私が考えたいのは備蓄の量でも避難経路でもない。


もっと根本的な問いである

「私たちは今、どれだけ自分で考え、

 判断できているのか。」



便利さと引き換えに失った

「中身のわかる世界」


ふと見回すと、私たちの身の回りには

「目に見えないもの」「仕組みが分からないもの」

が溢れている。


かつて、家電や機械は壊れても裏蓋を開ければ

仕組みがなんとなく分かった。

簡単な修理なら自分でできた。


しかし現代の製品は

高度にブラックボックス化し、

不具合が起きれば専門業者に依存するしかない。


そして今、

そのブラックボックス化の最高峰として

私たちの生活に深く根を下ろしているのが

——**AI(人工知能)**だ。


手のひらのスマホを開けば、

AIが次の行動を提案し、文章を整え、

最適なルートを指示してくれる。

私たちは思考のコストを削減し、

圧倒的な利便性を享受している。


しかし、ここで一つの問いを投げかけたい。


「仕組みも分からない巨大なブラックボックスに、

 私たちは自分の生活や判断を

 どこまで委ねていいのだろうか?」


社会の脆弱性と「生命力の低下


社会全体がAIやデジタルインフラに

過度に依存した構造は、極めて脆弱だ。


万が一、大規模なサイバー攻撃や

未曾有の自然災害によって電源喪失が起きれば、

社会機能は一瞬で麻痺する。


どれほど優秀なAIであっても、

電気という一次インフラが絶たれれば、

ただの無機質な箱に過ぎない。


災害時に私たちが真に確保すべきなのは

「高度なアルゴリズム」ではなく、

命を繋ぐ「水」と「電源」だ。


しかし問題は社会構造だけにとどまらない。


個人レベルの「人間性」や「生命力」にも

及んでいる。


何でもAIやスマホに頼り、自ら考えたり、

身体を動かす機会を放棄し続けると、

個人の生存力(レジリエンス)は衰退していく。


思考や判断を外部のブラックボックスに

丸投げした状態は、危機に瀕したとき、

あまりにも無力だ。


個人のレジリエンスを

高める2つの処方箋


非常時に大切な人を守るために、

私たちが今すぐ取り組むべきは

「個人のレジリエンス(立ち直る力・適応力)」

を高めることだ。


そのためには、

二つのアプローチが必要だと考える。



①物理的備蓄の確保

 ──インフラのバックアップ


スマホの画面上でどれだけ情報を持っていても、

水が出なければ生きられない。


水と非常用トイレの確保: 

最低でも数日分の飲用水と衛生環境を保つ備蓄

アナログな手段の確保: 

電源が落ちても機能するポータブルバッテリー、

手回しラジオ、アナログな地図


これらは「念のため」ではなく、

「必ず来る日のため」の準備だ。


インフラは必ず老朽化し、

必ず想定外の事態が起きる。

「まさか」は、いつか「やはり」になる。



②「デジタル断ち」による

 自力の再構築


AIやスマホを使わない「自力」を鍛えること。


体力と直感力:

自分の足で歩き、

現場の状況変化を五感で察知する力

判断力と決断力:

  検索結果やAIの提示に頼らず

「今、どう行動すべきか」を

自分の頭で考え抜く習慣


週末に一度、スマホもAIも一切使わずに

1日を過ごしてみることは有用だ。


自分がどれほど外部の端末に判断を

委ねていたかに気づくはずだ。

同時に、五感を使って考え、行動する感覚

——いわば「野生の生命力」が呼び覚まされる。


「個人が強くなること」が

「社会を強くすること」だ


個人のレジリエンスを高めることは、

単なる「自己防衛」や「打算」ではない。


自力で生き延びる力を持つ人間が増えれば、

その分だけ公的支援や救助の手を、

本当に助けを必要としている高齢者や子ども、

負傷者へと振り向けることがきる。


「個人が強くなること」は、

社会全体の「共助の力」を

高めることに直結している。

8がけ社会では、行政や専門機関の救助(公助)

に限界がある。


一人ひとりが

「自分の足で立ち、判断できる個」となり、

お互いを支え合うこと。


それこそが、縮小していく社会を生き抜く作法だ。


田内学さんの言葉を思い出す。

「お金の向こうに人がいる。」

同じように、災害の向こうにも、人がいる。

停電した街の向こうに、水が届かない家庭がある。

道路が寸断された集落の向こうに、

助けを待っている人がいる。


AIもスマホも使えない極限の状況で、

最後に頼れるのは——

自分の判断力と、隣にいる人間だ。



結び──今日という日に


目に見えない便利すぎるシステムに、

全幅の信頼を置くのはやめよう。


防災の日に、自宅の備蓄を点検するとともに、

自分自身の「生命力」と「判断力」の現在地を、

静かに見つめ直してみたい。


壊れにくい社会は、

壊れにくい個人の集まりから生まれる。


★まもなくアジア大会!









2026年8月29日土曜日

拝啓パワーカップル様

 

 拝啓


 住宅ローン50年を組んだ

 パワーカップル様


 あなた達こそ日本の宝です。


 あなたたち夫婦は 

 都内の新築マンションを8000万で買い、

 病める時も健やかな時も

 毎月20万程度のローンを

 夫婦で50年間ずっと払い続ける未来が

 待っています。


 あなた方ご夫婦が 互いに29才とすると

 50年ローンで79才まで

 払い続けることになります。


 私はお世辞でもなく、嫌味でもなく、

 あなた方お二人を本当に

 日本の宝だと思います。


 だって、

 少子化で8がけ社会と言われる

 日本でこれから50年にもわたって

 労働市場に残り

 夫婦共に働いてくれるなんて

 こんなに心強いことはありません。

 

 二人共、銀行からお墨付きをもらっている

 社会的な信用もあり、

 社会性と良識のある人間です。


  生涯独身を選ぶ人もいる。

  FIREを目指す人もいる。

  転職を繰り返す人もいる。


 それぞれに、それぞれの人生戦略がある。

 ただ、あなた方は違う。


 住宅ローンという巨大な契約を背負い、

 二人で働き続けるという、

 極めて社会貢献度の高い選択をされた。


 二人の覚悟には敬意を抱いております。


 それにしても銀行様の

 巧みな戦略には舌を巻きます。


 ペアローンという巧みな合わせ技で、

 50年間ずっと利息を受け取り、

 最終的に1.5倍のお金を払ってもらう

 契約書にサインさせるのですから 


 いうなれば

 教会で神父様は

 神の前で互いの愛を確認しますが、

 神父様ご本人でさえ、

 50年変わらぬ愛と支払いは誓えないと

 思います。


 結婚式を思い出してください。

 神父様のおっしゃる通り、

 50年の間にはいろいろ懸念されます。

 大雨特別警報/ゲリラ豪雨/スーパー台風

 内水氾濫/酷暑/巨大地震

 金利上昇/

 旦那の浮気/キャバクラ/マッチングアプリ

 まさに”病めるとき”もあると思います。


 ですが、

 「その時はその時」と割り切り、

 大きな決断をされたお二人に

 どうか神のご加護と祝福がありますように。

 



2026年8月22日土曜日

氷河期世代は損をしたのか

 

モラリストは就職氷河期世代だ。


自分が卒業したのは2003年。

就職氷河期の真っただ中だ。


「自分は就職できるのだろうか。」

そんな不安が、常にどこかにあった。


「公務員か、大企業か」

という時代


当時は、公務員が最強の勝ち筋。大企業、

いわゆるJTCに入ることが正解。


そんなヒエラルキーが、

はっきりと存在していた。


今振り返ると、

社会が自信を失っていたのだと思う。


バブルは崩壊し、

日本経済は長い低迷期に入っていた。


「この先、日本はもっと悪くなるのではないか」

そんな空気が社会全体に漂っていた。


だからこそ、「安定していること」が、

何よりも価値を持っていた。


リスクを取ることよりも、

「沈まない船に乗ること」

重要だった時代だ。


損をした世代だった。

それは事実だと思う。


氷河期世代が不遇だったことは、否定できない。

就職できなかった。

正社員になれなかった。

非正規雇用になった。


一度レールから外れると、

戻ることが難しい時代でもあった。


「社会は冷たい。」

そう感じた人はたくさんいた。


しかし、

本当に「すべてが不遇」だったのだろうか。


氷河期世代は何も得なかったのだろうか。

少し違う角度から考えてみたい。


①先輩がたくさんいた


モラリストが入社した頃、

バブル世代以上のヒトが職場にたくさんいた。


メールはあったが、

仕事を覚える基本は

「人から教えてもらうこと」だった。


隣の席の先輩に聞く。

現場で教えてもらう。

先輩の仕事ぶりを見て覚える。

飲み会で仕事の話を聞く。


今思えば、アナログな時代だった。


しかしその分、人から人へ、

仕事の経験が伝承されていた。


氷河期世代は、上の世代から

大量の経験を吸収することができた。


②目いっぱい、仕事ができた


当時は、今ほど残業時間に厳しくなかった。

仕事が終わるまで働く。


与えられた仕事をこなす。

「もっとできるようになりたい」と思えば、

自分の時間を仕事に投入することもできた。

これは、「経験の貯金」だ。


若い頃に積んだ経験は、

あとから簡単には買えない。

20代で積んだ「量」は、

30代・40代になってから、静かに効いてくる。



③「せっかく入社できた」


これは今の若い世代には、

なかなか理解しにくい感覚かもしれない。


何十社も受けて、落ちて、また受けて、

ようやく内定をもらう。


だからこそ、「せっかく入れてもらった会社で、

一生懸命やろう。」という気持ちが強かった。


もちろん、これは良い面だけではない。

ブラックな環境でも我慢してしまう。

転職することをためらう。

そんな弊害もある。


しかし一方で、

「与えられた環境で、まず頑張ってみる」

という粘り強さを身につけた人も

多かったのではないか。



④情報が少なかったからこそ、

 目の前の仕事に集中できた


今の若者の方が大変だと思うことは

圧倒的に情報が多いことだ。


SNSを開けば、

「この会社は年収○○万円」

「転職して年収が○○万上がった」

「20代で資産○億円」

「この仕事は将来なくなる」


そんな情報が次々と流れてくる。

「もっといい場所があるのではないか」

という感覚も生まれやすい。


氷河期世代は、目の前にある仕事を、

他に良い条件の会社もなく、

ある種、就職した会社で一所懸命であった。


それが結果的に、

氷河期世代の強さになった部分もある。



⑤同期9人、23年間誰一人

 辞めていない


モラリストの勤める会社では

同期入社は約100人。

同じ職種で入社した同期は9人。


驚くことに、23年経った今も、

9人全員が誰も辞めていない。


9人という人数は、ちょうどいい。

多すぎない。少なすぎない。

互いに交流が続き、

お互いの仕事も、人生も、

なんとなく分かっている。


「失われた世代」という

 物語を書き換える

就職の機会を奪われた人がいる。

非正規雇用に固定された人がいる。

人生の選択に影響を受けた人もいる。


「氷河期世代は大変だった」という物語を

否定するつもりはない。


「だから私たちは、何も得なかった。」

とまで言ってしまうのは、少し違う。



就職氷河期世代は、

人口が増える時代から

減る時代へ


終身雇用から転職社会へ、

アナログからデジタルへ

その転換点を生きている。

これからは、

「人が足りない社会」を生きることになる。


氷河期世代は、

まだ人生の途中にいる


「失われた世代」という名前を、

そろそろ自分たちで

書き換えてもいいのではないか。


激しい変化の入口に立たされ、

そこで生き残る方法を身につけた世代。


これから始まる「8がけ社会」で

年金だけで逃げ切れる世代では

ないことも理解している。


社会に関わり続けることを、

強みに変えられる世代ということだ。


若い頃は、「ヒトが余る社会」で

椅子を奪い合った。


これからは「ヒトが足りない社会」で

椅子を守り抜く番だ。


氷河期世代の本番はこれから始まる