2040年、
これまで当たり前に享受してきた
公的・民間サービスを
受けられる人と受けらない人が
でてくる未来がやってくる。
いわゆる「8がけ社会」の到来だ。
働き手が2割減り、
社会全体の生産力が決定的に不足する。
それは、1億2千万人が限られた
リソースを奪い合う
椅子取りゲームの始まりだ。
「お金がある者だけが、パンを口にできる」
「都市に住む者だけが、医療を受けられる」
そんなさらなる格差社会の到来は
もはや不可避なのか?
①カネを増やすことが、救いになるのか
現在、政府は「NISAで資産を増やしましょう」
と個人に促している。
しかし、マクロの視点に立てば、
矛盾に突き当たる
モノとヒトが根本的に不足する未来において、
皆で「カネ」だけを溜め込むとどうなるか?
国民全員の資産が2倍になったとしても、
世の中のパンの生産量が変わらなければ、
パンの値段が2倍になるだけだ。
数字の上での富は、
実質的な力にはなりえない。
今、私たちが力を注ぐべきは、
奪い合うための「カネ」を積むことではなく、
「椅子を減らさないための努力」である。
・販売の無人化
・物流の自動運転化
・定型業務のロボット化
これらは単なる省人化の技術ではない。
未来の誰かの幸せを支えるための
”社会的な蓄積”である。
②「値段」と「価値」の違いとは
中東情勢による原油高など、
「悪いインフレ」が私たちの生活を蝕んでいる。
ガソリン代や電気代の高騰は、
あらゆる商品の値上げが忍び寄る。
ここで立ち止まって考えてみる。
ガソリンの値段は上がっても、
そのガソリンがもたらす「効用(価値)」
は1ミリも増えていない。
新築マンションも食品も、
価値は変わらないまま、
ただ値段という価格だけが膨れ上がっていく。
その元凶は、
目に見える数字を追い求めてきた
「マネー至上主義」だ。
本来、物価や賃金の上昇は、
そこに新しい「付加価値」が伴ってこそ、
社会の進歩と言える。
③守るべき「日本の資産」とは
日本には、世界に誇れる価値が
まだたくさん残っている。
良好な治安、行き届いた公衆衛生、
そして豊かな山河。
これらは、通帳に並ぶ数字よりも大事な
私たちの”生存の基盤”だ。
これらの価値を次世代へ引き継ぐためには、
「ヒト」とというリソースを
どう配分していくかが重要だ。
その意味では国や自治体の役割は大きい
なぜなら政策や予算の配分が
ヒトの流れに大きな影響を与えるからだ。
今、蓄積すべきは「カネ」ではなく、
社会を動かし続ける「仕組み」である。
格差や少子化を防ぐ小さな一歩は
"マネー至上主義"とは違う価値観を
社会が共有することだ。
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