─問題は「奪われるか」ではなく
「どこに配分するか」だ
AIの性能が、ものすごい勢いで向上している。
しかもコストはどんどん下がっている。
文章を書く。資料を作る。
市場を分析する。プログラムを書く。
こうした知的労働の一部は
加速度的にAIに置き換わっていくだろう。
すると、
「大変だ!AIに仕事を奪われる!」という
話になりがちだ。
自分は、少し違う見方をしている。🧐
今回はこれを深堀りしてみる。
人間の労働総量は、
かなり予測できる
AI時代を考えるうえで、
まず注目したいのは「人間が働ける総量」だ。
人口動態は、かなり精度よく予測できる。
20年後に何人が働く世代にいるか。
えんやす村でいえば、
2040年には100人が80人になる。
問題は、AIが仕事を奪うかどうかではない。
限られた人間の労働力を、どこに配分するか。
これが本質だ。
村人80人が全員パソコンの前に座ったら?
村人80人のうち、70人がパソコンの前で
AIを使いながら株の分析や動画制作を
していたらどうなるか。
一方で——
食料を作る人。電気を作る人。
家を建てる人。介護をする人。
こうした人が足りなくなったら、
どうなるだろう。
AIによって知的労働の生産性が100倍になっても、
パンが100倍になるわけではない。
AIによって知的労働の生産性が上がるほど、
逆に「人間をどこに置くか」が重要になる。
AIと人間の3段階分担
私はAIと人間の仕事を、3段階で考えている。
①考える・企画する → AIが強くなる
情報収集、分析、シミュレーション。
ここはAIが人間を圧倒する場面が増える。
②仕組みにする・人を集める → 人間の重要性が残る
「本当にやるのか?」「誰とやるのか?」
「反対する人とどう調整する?」
人間同士の信頼関係が必要な領域だ。
③現実世界で実行する → 人間+ロボット
土地を取得する。建物を建てる。
患者を介護する。作物を育てる。
最後まで「現実世界」を動かす必要がある。
「とくし丸」が示すヒント
移動スーパーの「とくし丸」が面白い。
AIで「どの地域に需要があるか」
「何を積むか」「どのルートか」は分析できる。
しかし、実際に車を走らせ、
商品を届け、高齢者に「今日は元気ですね」
と声をかける——そこには人間がいる。
AIが周辺業務を引き受けることで、
人間は**「人間にしかできない部分」**
に集中できる。
私自身の仕事を考えてみる
AIに「この工事をどう進めればいい?」
と聞ける。
工程表も、リスク分析も、AIにしてもらえる。
しかし現場には、
職人がいる。設計者がいる。
発注者がいる。近隣住民がいる。
そして予想外の問題が起きる。
人を集め、意見をまとめ、決断し、現場を動かす。
これは施工管理という仕事の、
かなり本質的な部分だ。
AIでは完結しにくい。
AI時代に価値が高まるもの
「知っている」だけなら、AIに聞けばいい。
では、何が残るのか。
●人と協力するチカラ
——一人ではできないことを仲間と実現する
●対立を解消するチカラ
——意見が違う人を排除せず、前へ進める
●責任を引き受けるチカラ
——最後に決め、結果を負う
●現実を動かすチカラ
——企画だけでなく、実際に人とモノを動かす
AIより賢くなる必要はない。
AIに任せられる部分はAIに任せればいい。
AIを使って、現実を動かせる人になる。
AI時代の本当の問いとは
「パソコンの中だけで完結する仕事」
の比重が下がり、
「現実世界を動かす仕事」の価値が
相対的に高まる。
8がけ社会では、
この変化がさらに重要になる。
人間が減る。
だからこそ、誰に、
どんな仕事をしてもらうかを
考えなければならない。
AI時代の本当の問いは——
「AIが仕事を奪うか?」ではない。
「限られた人間を、
社会にとって必要な仕事へ、
どう配分するか?」
なのではないだろうか。
【補足】
「これからなにを学んだら良いですが?」
の問いには、自分ならこう答える。
→多くのヒトと接して
協力してなにかを成し遂げる。
(スポーツやBBQでもOK)
→同調性の高い組織だけでなく、
多様性のある組織に身をおいてみる。
(公立学校でもまれる/外国に行く)
逆に、居心地の良い
おひとり様活動(ゲーム・動画視聴
ネットフリックス)ばかりしていると
リアル社会での適用力を損なう懸念がある。
↑依存度によるが、これらはおやつ🍭の
ようなもので、ゴハンとのバランスを整えないと
偏ったモノの過剰摂取はカラダに良くないモノと
認識した方が良い。
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