令和8年熊本地震。
ニュースを見るたびに、心が痛む。
我々の当たり前の日常は損なわれやすい。
地震一つで、積み上げてきたものが崩れる。
被災した人がいる。
自分は今日も普通に生きている。
その非対称が、罪悪感に似た感情が湧く。
でも、立ち止まらないことを選ぶ。
自分は普段通りに経済を回すことが、
巡り巡って被災地を支える。
ゼネコンで積み上げてきた知見や仕事が、
誰かの役に立つ日が来る。
知ることも、発信することも、備えることも——
全部、誰かのためになると信じて動く。
嘆く時間より、考える時間を。
悲しむ心は持ちながら、
それでも前を向く。
防災・減災。
もっと深く、もっと広く
