2026年7月11日土曜日

「世代論」という罠

 

「世代論」という罠─

─本当の格差は出身地にある


「最近の若者は〇〇だ」

「氷河期世代は損をした」

「Z世代はデジタルネイティブで柔軟だ」


世代でひとくくりにする議論は分かりやすい。

しかし、バイアスを含んでいる。


東京に住むうえで、

同じ世代でも、東京出身者と地方出身者では、

スタートラインがまるで違う。

詳しくみていこう。


見えないバックボーンの差


東京出身で実家暮らしの社会人を想像してほしい。

- 家賃:ゼロ

- 食費:ほぼゼロ(5万円程度家に入れる)

- 給料:ほぼ全額が可処分所得


手取り25万円なら、25万円が使えるお金」だ。

NISAを満額積み立て、趣味に使い、

貯金もできる。つまり軽やかに生きている。


しかし、これは本人の能力や価値観ではなく、

生まれた場所の問題だ。


まさに実家ガチャだ。


一方、地方から上京した社会人はどうか。


同じ手取り25万円でも——

- 家賃:10万円

- 食費:4万円

- 光熱費・通信費:2万円

- 奨学金返済:2万円

**残り7万円で生活する。**


NISAどころか、緊急予備費すら満足に積めない。


同じ会社、同じ給料、同じ世代。

しかし、毎月使える金額は3倍以上違う。


これを「世代の問題」と括るのは、根本的に間違っている。


**「軽やかさ」の正体**


東京出身者が「身軽に見える」のには、

もう一つ理由がある。


**バックボーンという安全網**


- 何かあれば実家に帰れる

- 親が資産を持っている

- 親のコネクションがある

- 地元の友人ネットワークがある


この安全網があるから、

転職も、副業も、投資も、リスクを取ることができる。


地方出身者が慎重に見えるのは、臆病なのではない。

失ったときに戻れる場所がないからだ。


「実家が太い」という言葉が

若者の間で流行ったのは、

この格差を本能的に感じ取っているからだ。


<<世代論が都合よく使われる理由>>


では、なぜ「世代論」は消えないのか。


それは、世代でくくると、

都合が良い人たちがいるからだ。


「Z世代はこういう価値観を持っている」

と言えば、企業はマーケティングしやすい。


「氷河期世代は自己責任だ」と言えば、

政策の失敗を個人に転嫁できる。


「今の若者は恵まれている」と言えば、

上の世代は自分たちの苦労を正当化できる。


世代論は、構造的な問題を

見えにくくするための煙幕であるとも言える。


本当に問うべきは「何年生まれか」ではなく、

「どこに生まれたか」「どんな家庭に生まれたか」だ。


スタートラインが違う人間に、

同じ物差しを当ててはいけない。


<では、何が必要か>

世代論は、分かりやすいが、不誠実だ。

世代論の罠から抜け出すために、

一つは、自分のバックボーンを認識すること。


自分が「軽やかに見える」のは、

本当に自分の努力の結果だけなのか。

それとも、生まれた場所が与えてくれた安全網があるのか。


もう一つは、構造を変える視点を持つこと。

個人の努力だけでは埋められない格差がある。


その人たちが「軽やかになれない」のは、

意志が弱いからではない。


8がけ社会に向かう日本で、この格差は拡大する。


地方が衰退し、若者が都市に集中し、

都市の生活コストが上がる。


地方出身者が都市で生き抜くための重力は、

これからますます重くなる。


その重力を知っている者が、

次の戦略を考えることができる。