畑村さんの「新失敗学」を読んで
考えさせられた。
失敗に学ぶ一つの意味は
「自ら考えて答えを出すこと」
偏差値の高い人は
すでに回答がある既知の問題には強いが
自力で解かなくてはならない問題
には弱いと記している。
こういった”優等生選抜文化”は
高度経済成長ー90年代までは、
うまく運用されていた。
やるべき正解がはっきりしており、
国内に正解がなくても
欧米を模倣すればよかった。
しかし、
いまのVUCAと呼ばれる時代で
誰もが分かるような正解はなく
複雑で曖昧な問題も多い。
求められるのは
自ら考えて答えを出すことだ。
失敗から学べる人だけが成長する。
日本のように
失敗を「失点」と捉える社会は
失敗して学べるチャンスを
失っていると記す。
例えば、
シリコンバレーは一度失敗した人にも
チャンスがあり、やり直しも
評価される実力主義だ。
一方、日本は減点主義で
一度失敗した人に、チャンスを与える
風潮はあまりなじまない。
「新失敗学」では
いまのような正解のない時代には、
”仮設・実行・検証”を個人で繰り替す
のが唯一の正解への道筋と記す。
今後”求められる人材”の
一つの指針なりそうだ。