──年収を決める本当の理由
秋の気配を感じると、食卓に上るのがサンマだ。
サンマはその年の「水揚げ量」によって、
価格が乱高下する。
<豊漁の年>
サンマは脂が乗り、丸々と太って質が良い。
にもかかわらず、スーパーでは
一匹100円程度で並ぶ。
まさに「庶民の味方」だ。
私たちは、安くて最高の質のものを享受できる。
<不漁の年>
身は痩せ、脂の乗りもイマイチ。
それなのに、値段は一匹300円、
時にはそれ以上になる。
ここに、ひとつの「不都合な真実」がある。
「質が良いから高い」わけではなく、
「質が悪いから安い」わけでもない。
サンマの価格を決めているのは、
味の良し悪し(本質的な質)ではなく、
単なる「需給バランス」なのだ。
この単純明快な法則を、
私たちは魚市場では理解している。
これはモノやサービスが高騰している
社会でも同じことだ。
住宅市場にみる「サンマ現象」
例えば、住宅市場。
今、都心の新築マンションの価格を見れば、
10年前と比較して、驚くほど高騰している。
では、そのマンションの「質」は
10年前より上がっているだろうか?
現実は逆だ。
建築資材の高騰や人手不足の影響で、
専有面積は狭くなり(いわゆる“スリム化”)、
立地も以前なら見送られたような
不便な場所であることも珍しくない。
「狭くて不便」という、
サンマで言えば「痩せている」状態なのに、
供給数が少ない(希少性が高い)という
理由だけで、価格は跳ね上がっている。
買い手は、
「質」にお金を払っているのではない。
「そこにしかない(数が少ない)」
という状態でいま欲しいから
お金を払っているのだ。
給料が上がらない、本当の理由
そして、この法則は、
私たちの「年収」にも適用される。
「経験を積んだベテランで、
仕事がメチャできるヒト」
「資格をいくつも持ち、専門知識が豊富なヒト」
あなたの周りにも、
こうした「質の高い人材」なのに、
給料が全然上がらないと不満を持っているヒトは
いないだろうか?
あるいは、あなた自身がそうかもしれない。
モラリスト的な視点で分析すれば、
その理由は明白だ。
その業界において、
あなた(またはその職種)に「希少性」が
ないからだ。
どれほど能力が高かろうが、
その仕事をできるヒトの供給が十分であれば、
サンマの豊漁時と同じで、
価格(給料)は上がらない。
本人の能力や努力と、市場価格は、
連動しないのだ。
建設業の「未熟な若手」でも
年収700万稼ぐワケ
一方、モラリストが従事する
建設業の現状はどうだろう。
慢性的なヒト不足。施工管理も作業員も、
恐ろしいほどに足りていない。
業界全体が、深刻な「不漁」の状態だ。
そうなると、どうなるか。
入社3年目、
経験も知識もまだまだ未熟な若手であっても、
年収700万以上の待遇を得ているコが
ゴロゴロいる。
彼らの能力が、他業界の3年目のコより倍近く
高いわけではない。
ただ、「建設業という、ヒトの希少性が
高い市場に身を置いている」という、
その一点において、
高い価格(給料)がついているのだ。
資格取得よりも、
「どこに立つか」
本気で年収アップを考えるなら、
この視点は不可欠だ。
多くのヒトは、自分の「質」を高めようとする。
難関資格の取得に励み、
スキルアップのセミナーに通う。
もちろん、それは素晴らしい努力だし、
人間としての成長にはつながる。
しかし、「市場価格(年収)」を
上げることが目的なら、
それは効率的な戦略とは言えない場合がある。
いくら「質の良いサンマ」になろうと努力しても、
市場がサンマであふれていれば、
価格は300円にはならない。
資格を取る前に、今の自分のスキルの磨く前に、
考えるべきことがある。
「自分が今いる業界、目指す職種は、
人材の需給バランスはどうなっているか?」
「そこに、自分という存在の希少性は残るか?」
「何をできるか(能力)」よりも、
「どこに立つか(業界・環境)」の方が、
年収への影響力ははるかに大きい。
マクロ視点で考える、
「最後に残る希少性」
もっとマクロな視点に立ってみよう。
今後、AI(人工知能)やテクノロジーが進化し、
多くの「能力」や「スキル」が
コモディティ化(一般的化)していく。
人間が努力して身につけた「質」の希少性は、
ますます失われていくだろう。
では、そんな時代に、
最後まで「希少性」が残り続けるものは
何だろうか。
思いつくのは、物理的な制約があるもの、
そして再現不可能なものだ。
**東京など大都市の一等地と言われる土地**
**歴史的価値と制約が守られた、京都の不動産**
**人工物では代替できない、圧倒的な自然の景観**
これらは、どれほどテクノロジーが進化しようが、
増やすことも、他所に作ることもできない。
まさに「不漁のサンマ」の状態が
永遠に続く場所だ。
<モラリストの結論>
私たちは、サンマの値段を見て
需給の現実を知っている。
それならば、自分の人生の戦略においても
その現実を直視すべきではないだろうか。
「社会が今、何を切実に求めているか」
その欠落した部分に、自分の身を置くこと。
これは冷たい打算ではない。
「社会の不を減らす場所に立つこと」でもある。
人手不足の建設業で働くことは、
社会インフラを支えることだ。
希少性のある場所に立つことは、
社会が最も必要としている場所に
立つことでもある。
「どこに立つか」は、年収の問題であると同時に、
「社会への貢献の問題」でもある。
8がけ社会では、その二つが重なる場所が、
最も豊かに生きられる場所となりうる。
