2025年10月18日土曜日

猛暑のツケ


猛暑が過ぎて、

「あーやっと涼しくなった」と思っているが、

社会への影響は水面下で続いている。


畜産現場>

猛烈な暑さは

豚の成育に大きな影響を及ぼした。

養豚場では豚の妊娠率が下がり、

出産数が減少。

さらに生まれた豚も餌を食べず

体重が増えず、出荷は大きく減っている。


乳牛も夏は熱中症気味になり、

今後も猛暑が続くと、ほとんどの地域で

生乳量が10%以上減ると予測。

暑さで免疫力が減少し、

乳房炎の増加で搾乳量も減っている。


食料生産>

温暖化がさらに進むと、

稲は成長は早くなるが、収穫量は約4割減少。

さらに品質も悪くなるとされる。


過去10年で

生鮮食品の価格は4割上昇したが、

猛暑による生産量の減少で

これから10年で価格は

ますます上がることが懸念される。


「じゃー輸入すればいいじゃん!」

といった発想はちょっと安易だ。


世界的な気候変動で、生産量が減少した

コーヒーやカカオを例にとると

価格が高騰し、

いまの物価高に反映されている。

(明治の"チョコレート効果"など高価)


しかも弱い円の日本では、

買い負ける可能性が高い。


未来の環境を人工的に通り、

暑さに耐える国内生産(畜産/農業)

の技術/研究開発は大切な取り組みだ


協力に推進する公的な役割も大きい。


多数決の論理で政権争いしている様を

国民は食傷気味にみているが、

大切な国策として、

「未来の食卓を守る」という歩みを

強力に推進すべきである。




2025年10月11日土曜日

ウタウタイ

 

中学校の頃は合唱部に属していた。


NHK合唱コンクールの

全国大会にも出場させてもらい、

良き思い出である。


AppleMusicで合唱曲を検索すると、

あの頃歌った課題曲や自由曲が

まだ中学合唱のメジャー曲であることに驚いた。


課題曲は「大地讃頌」

自由曲は「春に」


特に谷川俊太郎作詞の

「春に」は、

もどかしい春のような

10代の気持ちを表した歌詞だと思う。


合唱部や合唱コンクールで

「時の旅人」

「あの素晴らしい愛をもう一度」

「旅たちの日に」

「流浪の民」

「君を乗せて」

などを歌った記憶がある。


今の定番曲は

「手紙~拝啓十五の君へ~」

「栄光の架橋」

「アイノカタチ」

「3月9日」

など、J-POPのメジャー曲から

合唱曲になったものが多い。


定番曲の合唱版を聴くと、

どれも合唱の良さがあり、

若さと希望を感じさせてくれる。

(特に3月9日の歌詞は染みる、、)


中学校の頃、合唱部は大切な居場所だった。


合唱コンクールは

いまでもクラス全員参加だ。


中学生という多感な時期に

クラスが一致団結して合唱するという

アナログな活動は今後も続いてほしい。


<過去ブログ>

忘れられない歌




2025年9月28日日曜日

社会の間伐

 

 真面目に生きてのに

 いつの間にか立場が

 弱くなってしまったヒトがいる。


 資格を取って

 スキルで自分価値を上げろと言われても

「貧すれば鈍する」で

 負のループにハマッてしまい

 そこから抜け出すには

 労働時間を増やすしかないという

 考え方に至る。


 この気持ちは

 テレビに出ているで有識者や政治家には

 分からないだろう。


 スキルを身に着ける余裕すらないのだ。


 彼らの声は小さく、

 貧困マインドから、簡単に抜け出せない。 


 そのコドモたちは

 動画やNETFLIXにある

 キラキラした生活は

 遠くの話であり、明日はもっと良くなる

 と希望を抱けず、自分が存在することで

 親の負担になり、

 申し訳ないという気持ちが強い。


 政治の役割は困っているヒトにとって、

 より重要だ。


 明日はもっと良くなると

 希望を感じされる指導者が待ち望まれる。


 社会問題は山のようにあり、 

 目先の対応も必要だが、 

 失われた30年は人手あまりや

 派遣による置き換えで

 安い人件費で全体雇用を守り、

 全体が沈下した30年を振り返ると

 社会も間伐のような

 手入れをする必要がある。


 森林の木々すべてに

 日光をあびせるのは無理なので

 伸びる良質な木を育成するには

 間伐が不可欠だ。


 社会もしかり、

 AIに任せられる仕事は任せて、

 その分の人的リソースを

 深刻な人手不足が予測される職種や

 エッセンシャルワーカーに

 振り分けるべきた。🤔


 個人にはリスキミングが求められるが

 柔軟さこそが、最大の武器になる。

 



2025年9月21日日曜日

もののあわれ

 

仏教の洞察によると

ヒトが苦しみを感じるのは

つらい体験や、手に入らない経験を

渇望しているときだけではない。


物事がうまく進んでうれしいときでさえ、

その状態を失うまいと

苦痛になることがある。


自然と触れ合う午後

赤ちゃんと過ごす時期

その瞬間をしっかり味わおうと

頑張りすぎたり、

この時間を後に残そうと

写真を撮るのに忙しく

楽しみ余裕を失いがちにある。


今日はあるべき1日を過ごせたけど

しっかり過ごさなくとは

喜びのチャンスが

苦痛とストレスの種に変わってしまう。


未来に向けて溜め込もうとする

気持ちが目の前の体験を

なにか別のものにする


過ぎ去る時間を、つかんで離すまい

時間を冷凍保存したい。


しかし、

どんなにしがみついても

体験を永続させることは出来ない。


茶道では

移ろいよく時のはかなさは

体験の価値を損なうのではなく、

生み出すと考える


うつろいゆくはかなさへの哀愁を

しみじみと感じることも大切である。


吉野弘さんの「祝婚歌」はそれに通じる。


二人が睦まじくいるためには

愚かであるほうがいい

立派すぎないほうがいい

立派すぎることは

長持ちしないことだと気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで

疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気付いているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には

色目を使わず

ゆったり ゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で 風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと 胸が熱くなる

そんな日があってもいい

そして

なぜ胸が熱くなるのか

黙っていても

二人にはわかるのであってほしい

 



 

2025年9月13日土曜日

調子が悪い時

 

 メンタル不調の時は悩ましい。


 前向きだったり、

 好奇心旺盛にもなれないし、

 モノゴトの整理もうまくできない。


 家でじっとしていたいが、

 メンタルは改善するわけでもなく、

 ほったらかしの問題が

 大きくなることに

 メンタルをさらに悪くするだけだろう。


 メンタル不調から遠ざかるのに

 有効なのは”運動”だ。

 

 副腎からコルチゾールという

 ストレスホルモンが発生するが、

 偏桃体での反応が過剰になる。


 ストレスが次のストレスを生む

 負のスパイラルになる。


 重いストレスが長く続くと

 海馬が減少し、

 言葉がうまく出てこなかったり、

 記憶がしにくくなる。


 定期的に有酸素運動を続けると

 コルチゾールの分泌量が

 わずかしか上がらなくなる。


 心拍数があがる持久系トレーニング

 で海馬も大きくなる。


 運動には

 抗うつ剤と同じ効果がある。


 運動習慣を3週間続けてみると良い。



[モラリスト的運動法]

 スーパー銭湯併設のジムで

 1時間程度ウォーキングをする。


 落ち着いた音楽を聴きながら

 ウィーキングマシンで

 iPadを使っての読みやすい読書が

 相性が良さそうだ。

 

<神去村なあなあ日常日記>

 横浜でなんとなく生きていた

 20歳の若者が

 三重県の山間の村で

 林業に就職する物語

  

 ウォーキングしながら

 すいすい読める。


<過去ブログ>

運動2.0